日記 | |
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脳内荘の一室。
外套の男、ノックのあとに入ってくる。
やあひさしぶり。
勝手に上がってすわりこむ。
どうしてるだろうかと思ってね。
男、帽子をとり、片手で胸の前に当てる。
暮らしやすいか。
まだよくわかりません。
そうか。
わたしは彼の脱ぐ外套を受け取り、ハンガーにかける。
似非原さんの具合はどうだい。
ずいぶんと楽しそうにしていらっしゃいますよ。
昨晩もお友達と話しこんでいたようで、明け方まで声が聞こえていました。
ふむ、それならよかった。
そこで買ったんだ。みんなで分けたらいい。
彼はりんご数個を卓袱台のうえに置く。
そして彼は、来る途中にめがね湯の若旦那と話しこんでしまったことなどをぽつぽつと話した。
きみにこの下宿を紹介したのは、きみによかれと思ってだ。
きみは特徴が薄いから個性的な面々に囲まれたら、すこしは愉快なやつになるのではないかと思ってね。
彼はわざと口を悪くして言ったが、実はわたしの病気を心配している。
表情や仕草から、そのことがわかってしまう。
わたしが気づいていることに彼も気づいている。
わたしと彼との交流は、そういうものだ。
長年つきあっているわたしの病気は自意識混濁症という。
自他の分別が曖昧になり、わたしの場合は、他者の自意識が境界内に流入してくる。
他者に自意識を強要するケースもあるそうだ。
こうして、まるで誰か相手に対するように自分の病気を説明するのも症状のひとつだ。
わたしは慣れたものだが、彼はずっと気にかけてくれている。
きみ以外の住人は、みな特徴ある風貌なり、性格なりがある。
それはわたしが病気だから……。
違うよ。きみ本人、あるいは、きみの主観の風景は、描写が薄い。このことがわかるのは、きみの病気がきみの主観を外部へ流出させているからだが、きみの主観による描写が薄いことは、きみの病気とは無関係だ。
はあ……。
誰の発言かすらわかりにくい。
そうですね。
たいていの人の主観による描写は、容姿や性別が優先事項として含まれる傾向がある。
わたしにはわからないのです。それが絶対に必要な情報なのでしょうか。
望むと望まざるとにかかわらず、主観というのは、つねにのぞかれているものだ。
自意識は他者の形をとることもある。
それで、似非原さんの住む、このアパートにわたしを……。
彼は黙ってやさしくうなづいた。
「きみは近代的な主体かね」
「いいえ、違います。そんなややこしそうなものではありません」